歩行障害
この記事は 湯澤洋平 医師 が書いています。
湯澤 洋平(ゆざわ ようへい)
稲波脊椎・関節病院 副院長
学会認定・資格:日本整形外科学会専門医、日本整形外科学会認定脊椎脊髄病医、日本脊椎脊髄病学会認定脊椎脊髄外科指導医、日本整形外科学会認定脊椎内視鏡下手術・技術認定医
ウェブサイト「稲波脊椎・関節病院」歩行障害
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長時間、長距離が歩けない、歩行が遅いなどの症状は脊椎に原因がある場合があります。歩行障害の原因はいろいろありますので、ここでは脊椎に原因がある場合を中心に解説をしていきます。
馬尾と脊髄
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歩行障害の説明のために馬尾と脊髄の違いを説明する必要があります。馬尾は腰椎部分の脊柱管内にある神経で、脊髄の神経細胞から枝分かれした神経線維のみが構成成分です。それに対して頚椎と胸椎の脊柱管内にある神経である脊髄は神経細胞を含んでいます。脊髄は下行(脳から末梢へ)および上行(末梢から脳へ)する神経線維も含んでいます。脊髄は神経細胞を含んでいるため圧迫などの障害に対して馬尾よりも弱い特徴があります。また、頚椎、胸椎、腰椎の脊椎は、ある部分で神経が障害された場合、その部分よりも末梢に神経障害症状が現れます。ということは頚椎で神経が障害されると首から下方全体の麻痺につながります。胸椎では背中から下方全体の麻痺につながります。腰椎では下肢の麻痺につながります。つまり腰椎よりも胸椎、胸椎よりも頚椎部分での神経の障害の方が身体のより広い部分の麻痺が出ることになります。脊髄は馬尾よりも障害に弱い、脊髄は障害を受けると身体のより広い部分の麻痺につながるということになりますので、脊髄が障害された症状の場合は患者さん本人の症状に対する自覚が少なくても手術をお勧めする場合があります。
下肢痛で歩けないのか、痛みはないが歩けないのか
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”下肢痛”の項で説明した馬尾や神経根が障害を受けると、歩行を続けることにより下肢痛が出るために歩行を止めるという症状が出現します。”下肢痛”の項で説明したとおり、両下肢に症状が出る場合は馬尾の障害が疑われます。歩行を続けると両下肢のしびれや痛みのために歩行を止め、座ってしばらく休むとまた歩ける現象を間欠性跛行といい、馬尾の障害が原因である場合を馬尾性間欠性跛行といって腰部脊柱管狭窄症の症状として有名です。馬尾障害の場合は腰椎を前屈、前かがみにすると脊柱管がやや広がるため、杖やカートに掴まって前かがみで歩くと歩きやすいという特徴もあります。神経根の障害の場合は、”下肢痛”の項で説明したとおり片脚に症状が出ます。
足の痛みが出るわけではないが、歩きにくい、上手く歩けないという場合は脊髄が障害されている可能性があります。脊髄が障害された場合、脊椎(脊椎は骨、脊髄は神経を指します)では頚椎か胸椎部分での神経障害が考えられます。脊髄が障害されて機能が悪くなると足の先の方の小さい筋肉よりも、股関節周辺の大きな筋肉に力が入りにくくなるため、膝くずれや階段昇降で手すりが必要という症状が出ます。また、神経による下肢の筋肉のコントロールが上手くいかないために歩き方がぎこちなくなります。これを痙性(けいせい)歩行といいます。脊髄が障害されて歩行障害の症状が出る場合は、馬尾や神経根の障害と異なり痛みやしびれといった症状が先立つことはありません。また、脊髄の障害では左右に偏って障害されるということがあまりないため、足の力を入れにくいような症状は左右片方ではなく、左右両方に症状が出ます。
歩行障害の症状があった場合の治療
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脊髄機能が障害されて歩行障害がある場合は手術治療を強くお勧めします。脊髄の機能が障害されているわけであり、薬、ブロック、理学療法、物理療法などの治療は脊髄の機能を改善するのではないため大きな効果は期待できません。腰椎部分で馬尾や神経根が障害される腰部脊柱管狭窄症などの疾患ではまったく歩けなくなり、一生車椅子生活ということにはなりませんが、歩行障害の症状が出現している時点ですでに脊髄の機能が悪くなっているわけですので転倒しやすいという側面もあり、転倒により頚椎などに急激な障害を受けて急にほぼ完全麻痺になるという危惧もあります。これらの理由により、脊髄機能が障害されて歩行障害がある場合は手術治療をお勧めします。
腰椎部分の馬尾や神経根の障害での歩行障害に対しての治療方針は医師のなかでも意見の分かれるところであります。馬尾や神経根の障害で歩行障害の症状が出る場合はほぼ確実に下肢痛を伴っていますので、”下肢痛”の項で述べた治療方針とほぼ一致すると考えられます。方針は基本的には手術でない治療、いわゆる保存療法が主体となります。具体的には“下肢痛”の項の保存療法で述べた内服薬や貼付剤、ブロック、物理療法、理学療法があります。歩行能力が低下すると身体全体の運動機能の低下につながるため、長時間、長距離の歩行が出来なくなってきた場合は手術治療を考慮した方がよいかもしれません。
- これらの症状は脊椎に原因がある可能性がありますが、脊椎以外に原因がある場合もあります。これらの症状の原因のすべてを網羅してここで説明することは難しいので、脊椎に原因がある場合を中心にこれらの症状について順に説明をしていきます。
各ページでは腰椎椎間板ヘルニア、腰椎すべり症、腰部脊柱管狭窄症などの画像検査の結果、すなわち形態的な特徴から診断を始めるのではなく、患者さんが困っている症状(痛みや神経機能の障害)に基づいて判断して診断し、治療方針を決めていく流れを説明しております。医療関係者でない方も理解出来るようなるべく平易な説明に心がけましたが表現の正確性を考慮して必要最小限の解剖用語を使用しました。患者さんやこれから脊椎疾患を学ぶ医療関係者の参考に少しでもなればよいと思います。