腰痛
この記事は 湯澤洋平 医師 が書いています。
湯澤 洋平(ゆざわ ようへい)
稲波脊椎・関節病院 副院長
学会認定・資格:日本整形外科学会専門医、日本整形外科学会認定脊椎脊髄病医、日本脊椎脊髄病学会認定脊椎脊髄外科指導医、日本整形外科学会認定脊椎内視鏡下手術・技術認定医
ウェブサイト「稲波脊椎・関節病院」腰痛とは
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日本整形外科学会と日本腰痛学会監修の「腰痛診療ガイドライン」で規定している腰痛を分かりやすくすると図1の丸印の部分の痛みです。肋骨の一番下から殿部の上の部分までの痛みのことを指します。殿部から大腿(ふともも)後面に至る痛みは坐骨神経の走行に沿った痛みということで坐骨神経痛と呼ばれ、腰痛ではなく下肢痛となります。
急性腰痛と慢性腰痛
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急性腰痛は痛みが出てから4週間未満の腰痛です。慢性腰痛は3ヶ月以上痛みが続いている腰痛です。その間の期間は亜急性と呼ぶことがあります。急性腰痛は通称”ぎっくり腰”と呼んでよいと思われます。
腰の真ん中が痛いか、右か左(あるいは右と左、要するに真ん中の痛みではない)が痛いか
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腰の真ん中に痛みがある場合は椎間板が痛みの発生源である椎間板性腰痛の可能性があります。左右どちらかが痛い、あるいは真ん中でなく右と左が痛い場合は腰椎の後方(背中側)の構成要素である椎間関節が痛みの発生源である椎間関節性腰痛の可能性があります。椎間関節性腰痛は左右両方ではなく右か左かどちらかの場合が多いようです。左右どちらか、あるいは左と右の痛み(真ん中でない)の場合は筋肉や筋肉を包む筋膜が痛みの発生源である筋筋膜性腰痛の可能性があります。また左右のどちらかが痛み、痛みの部分が下の方、骨盤に近い方の場合は仙腸関節性腰痛の可能性があります(表1)。
表1.腰痛における痛みの発生源と痛みの左右の関係 痛みの部位 椎間板性腰痛 真ん中 椎間関節性腰痛 左・右(左右両方ではなく片方が多い) 筋筋膜性腰痛 左・右(左右両方あるいは片方もある) 仙腸関節性腰痛 左・右(左右両方ではなく片方が多い) ※ この表は目安であり、この表により最終診断になるわけではありません。 前屈が痛いか、後屈が痛いか
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前屈で痛みが強くなる場合は椎間板性腰痛の可能性があります。前屈をして上半身をねじると痛みが強くなる場合は筋筋膜性腰痛の可能性があります。後屈する、特に痛い側の斜め後に後屈すると痛みが強くなる場合は椎間関節性腰痛の可能性があります。前屈後屈というより、あぐらの姿勢で痛みが強くなり、痛みの部位が腰の下方、骨盤に近い方に痛みがある場合は仙腸関節性腰痛の可能性があります(表2)。
表2.腰痛における痛みの発生源と前屈・後屈の関係 前屈か後屈か 椎間板性腰痛 前屈で痛い 椎間関節性腰痛 後屈で痛い 筋筋膜性腰痛 前屈+上半身のねじりで痛い 仙腸関節性腰痛 前屈後屈というより、あぐらで痛い ※ この表は目安であり、この表により最終診断になるわけではありません。 椎間板性腰痛に特徴的な症状のリスト
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岩井医療財団の当時岩井整形外科内科病院(現岩井整形外科病院)で唐司寿一先生が勤務していた時に、椎間板性腰痛の特徴的な症状について調査してアメリカのPLOS ONEという医学専門誌に発表しました(Diagnosing Discogenic Low Back Pain Associated with Degenerative Disc Disease Using a Medical Interview. Tonosu J, et al. PLoS One. 2016. PMID: 27820861)。その研究によると下記の症状は椎間板性腰痛の特徴的な症状であるという結果でした。
- 長時間の座位で腰がつらい
- 長時間の座位のあと、立ち上がる動作で腰痛がある
- 長時間の座位で、腰痛によりもぞもぞ動く
- 今まで何度か激しい腰痛があった
- 重量物を持ち上げるとき、腰痛がある
- 洗顔の動作で腰痛がある
- 前屈した方が腰痛は強い
(原文は英語ですが平易な日本語に訳しています)
これらの症状で椎間板性腰痛であると最終診断ができるのではありませんが、椎間板性腰痛を考えて検査を進める根拠となると思われます。
腰痛に対する治療
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急性腰痛症の場合は原因がどの部位にあったとしても、急性に炎症をおこしているわけであり炎症を抑えて痛みを少なくする消炎鎮痛剤の内服や貼付(貼り薬)が適応されます。以前は安静を指導されていたことが多かったですが、痛みがあっても少しずつ動いていった方が結果的には社会復帰が早いようです。むやみに安静にすることはかえって痛みが長引く可能性があります。急性腰痛症の場合は炎症が収まってくると腰痛は軽減してきますが、初めの痛みがかなり強かった場合は1ヶ月ほど時間がかかることがあります。逆に言えば初めは立てないほどの強い痛みが出ても1ヶ月ほどかけて徐々に腰痛は軽減していくということです。その期間を極端に短くする方法は残念ながらありません。ここで注意が必要ですが、この説明文を読んで自分で判断するのではなく、急性腰痛症(いわゆるぎっくり腰)の症状の場合は特殊で危険性を含む腰痛(腹部大動脈瘤、悪性腫瘍の腰椎転移、腎疾患、膵臓疾患など)の可能性もありますので、1度医師の診察を受けて単純な急性腰痛症であるかどうかの判断を受けることが必要です。
慢性腰痛症の場合はまず痛みの発生源がどこであるかの診断が必要になります。原因がどの部位であったとしても、腰椎を支えているいわゆる体幹筋やインナーマッスルがきちんと機能するようストレッチや筋力強化をすることは慢性腰痛に対して有効です。やはりこの説明文を読んで自分で判断するのではなく、急性腰痛症の治療の部分でも記述した特殊で危険性を含む腰痛の可能性もありますので、1度医師の診察を受けることが必要です。
慢性腰痛症で痛みの発生源がある程度判明した場合(その診断がなかなか難しいことはあります)はその痛みの発生部位へのブロックなどに効果があることもあります。繰り返しますが、体幹筋やインナーマッスルのストレッチや筋力強化はどの発生原因であっても基本的な対策であり強く推奨します。
慢性腰痛症に対する手術治療はその効果が確定的ではありません。安易に手術を勧められた場合はセカンドオピニオンを求めるのもよいかもしれません。しかし、腰痛のために長年日常生活の動作に制限があり困っていたものの、手術を受けて腰痛が軽減して快適な生活を送れるようになった患者さんがいることも事実です。腰痛に対しては手術を受けてもよくならないと断定的な判断をされた場合にもセカンドオピニオンを求めるのはよいかもしれません。いずれにしても慢性腰痛症に対する手術治療は慎重に判断して進めていくべきですし、これが正しいという明確な治療方針がないのが現状です。
- これらの症状は脊椎に原因がある可能性がありますが、脊椎以外に原因がある場合もあります。これらの症状の原因のすべてを網羅してここで説明することは難しいので、脊椎に原因がある場合を中心にこれらの症状について順に説明をしていきます。
各ページでは腰椎椎間板ヘルニア、腰椎すべり症、腰部脊柱管狭窄症などの画像検査の結果、すなわち形態的な特徴から診断を始めるのではなく、患者さんが困っている症状(痛みや神経機能の障害)に基づいて判断して診断し、治療方針を決めていく流れを説明しております。医療関係者でない方も理解出来るようなるべく平易な説明に心がけましたが表現の正確性を考慮して必要最小限の解剖用語を使用しました。患者さんやこれから脊椎疾患を学ぶ医療関係者の参考に少しでもなればよいと思います。